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「クメール・ルージュ」(赤色のクメール)という俗称はノロドム・シハヌーク時代、反サンクムの極左過激派を指して シハヌークがつけた呼称である。その後、カンボジア内戦でカンプチア共産党を初めとする諸政党を粛清したサロット・ サル(ポル・ポト)が率いる派閥と同義語となった。他の派閥との類似や混同・混乱を避ける為にポル・ポト派とも呼ばれる。 クメール・ルージュのイデオロギーは、ヨーロッパ列強撤退後の反植民地主義的なナショナリズムと極端な毛沢東思想を 組み合わせたものである。党の指導層は、1950年代のフランスの大学への留学中にそうした思想に親しみ、カンボジア 人の間に存在したベトナム人への長い服従に対する反感にも影響されていた。また、タ・モクのような元僧侶も幹部に少 なくなかったためにカンボジアなどの南方仏教に受け継がれた原始仏教に由来する禁欲主義も影響を与えたという見方もある 彼らは政権を握るや、カンボジアの社会にかつて思い描かれた原始共産制への移行を試みた。党中央が毛沢東思想に染まって いく上では中国共産党の康生の薫陶によるところが大きく、康生はポル・ポトを「毛沢東思想のもっとも忠実な実践者」と 賞賛した。 しかし、社会主義思潮は資本主義社会の中で意味をなすものであり、共産主義社会における社会主義思想は 利権独裁である。