朝鮮戦争

朝鮮戦争を考える時、よく原爆被ばくも考える。「はだしのゲン」などで、よく身体にガラス破片が突き刺さった人たちや肌の焼けただれた場面が描かれてるが、本当の放射線被ばくの実相を描 いてないのではないかと思ったりする。 マッカーサーは原爆使用で朝鮮戦争を終結しようとしたが、米国トルーマン大統領が止めた。原爆が広島・長崎投下以降にベトナム戦争でも決して使われなかった。ナパーム弾や、クラスター爆弾の熱線人体蒸発や広範囲被災とは180度違う エネルギー資料が先進国指導者層で隠されているのか?あるいは、これからの原子力発電の有効利用の道をとざす危険があったからか?だから、低劣な指導者層、すなはち原爆を礼賛するようなテキストを講義に使う関西の国立大学法人女子 大からきたアルバイト講師や北朝鮮の金正恩のような核爆弾狂いがでてくるのだろう。何かダイナマイトの歴史と同じように負の遺産と富の遺産の両極があるような気がする。 電力の安定的供給に原子力発電の有効利用と安全性を高める努力は欠かせないと考える。特に東南アジア諸国は慢性的な不安定電力状態にある。産業の育成には安定的電源が欠かせない。原発がいやなら蓄電技術の開発だがそれが全てではない。 石油や石炭は資源の枯渇と、地球温暖化の原因になり、風力・水力・太陽光力・地熱など自然電力は地殻変動や気候に左右されすぎる。また太陽光ソーラーエネルギーは、太陽表面で絶えず起こっている核爆発エネルギーの適正な制御によって 地球にもたらされ、緑と青い地球もそのエネルギーの中で存在しているではないかとよく考えたりする。勿論、核戦争や核実験被ばくを礼賛はしない。