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日本の連合艦隊機動部隊が米国 を攻撃することは事前に傍受されて大統領フランクリン・ルーズベルトに知らされていた。然しそれはハワイの現地軍に知らされなかったということだ。 当時米国はモンロー主義(アメリカンファースト)をとっており、欧州に起こっていたナチスドイツとの戦争に参戦できなかった。まず米国民に納得させることは難しく、その打開を日本の真珠湾攻撃に求めた。日本、ドイツ、イタリアは三国軍事同盟 (スペインのフランコ総統は不明)を結んでおり、日本の米国攻撃は欧州戦線参戦の絶好の名目になった。戦線布告なしの日本の奇襲は米国の第二次世界大戦突入という「正義の戦い」へ米国国民を導く格好の材料となった。 ただし、これからの戦闘は空母が主体となる航空機戦闘となるため、退避温存させていた。。。結果として、米兵2400余名は米国によって欧州参戦のために玉砕 された面がある。ドイツのヒットラー総統は真珠湾攻撃の報を聞いて烈火のごとく怒り日本を「このサルが」と罵倒したということだ。米国の欧州戦線参戦への道を開いてしまったからだ(▼▼)米国を知る山本五十六連合艦隊司令長官は短期決戦及び停戦を望んだが、当時 は『少年日本史』を書いた平泉澄の翼賛思潮が主流であり、日本を大敗戦へとたたきこみ、靖国の軍装コスプレ老人や航空爆笑長、ユチューバーkazuyaを生んだ。