"To Sir,With Love " Lulu スタートページ




舞台はイギリスの下町の高校です。視聴されてそれぞれが感想を持たれたらいいと思います。日本もいづれこういう 時代がやってくるように思います。 なんか想像がつくようで、想像がつきません.私は初任校では切るべき生徒は切りましたが、今考えるともっと待ちの姿勢が必要だったかのように思います。深みにはまることはあっても、運命論に支配されることは ありません。生い立ちに支配されてる生徒がいれば、「だからどやねん。びくびくするなと」先輩の先生に常に言われてました。学校とは常に新しい旅立ちを求めるとこだと。。。生徒の成長 が教師の指導の確信につながることはあります。.。主演はSidneyPoitier(シドニー・ポワチエ)です。私は小中学校義務教育学校教員ではむしろ社会経験は必要なく現場で自分を作りあげるでいいと思 いますが、これからの全定通高校・高等教育社会人教育ではむしろ民間職業経験が必要のように思います。私はJGSDFの経験しかなく、あれが職業と言えるかどうかわかりませんが。高校生ともなると教師の中に大人としてのあ るべき社会人の姿を探そうと生徒はしてるのではないでしょうか?まあ、ストレート大卒教員や、ストレート院卒教員だけでは学校という価値観しか教師が持っていません。学校とは就労猶予期間であり、学校社 会しか知らんのだから。そして、おそらく30代半ばには自分はその仕事の資質・才能があるかどうか、それとも夢を追い続けたら挫折するかどうか、あるいは今の仕事でやってける可能性があるかどうか、現実の中で見 極めれる必要があると思います。 ストレート大学教授が、定時制高校・兵庫県立湊川高校で模範授業やろうとしてやったのはいいですが、教室のうしろで監視してた教師達が去ったあと授業は荒れ放題に荒れ、滅茶苦茶になったとの話しを聞いたことがあり ます。大学の先生だからと、どの教育現場でも万能ではありません。ただ、生徒の即物主義志向は経験を捨象して飛躍させる力量の無かった同校居直りヨタ教師群の力量皆無です。大学の先生の抽象性のある総括的思考が出来 ないで、出口がわからず荒れ狂った生徒達に着目しておかないとこの映画の誤った見方が起こります。 『落第生教室』の著者、福地幸造(彼が慶応義塾大学通信教育部文学部出身の苦学生としての中退生か卒業生だったかは知りません)みたいなゴンタ礼賛放置主義は、あくまでも東京の大学の落伍者である彼の流れ者の発想です。 これからはテンパ、スカート丈や靴下ビラビラ点検する形式生徒指導派教員よりも生活指導派教員が重要視される気がします。もちろん、教科の教師としての裏付けは必要ですが。。。